

宗像大社参道の田んぼは、ぼちぼち収穫が始まっている。今年の田んぼは例年になく黄金に輝いている。中身が詰まれば詰まるほど頭を垂れる稲穂の謙虚さは、まさに「実るほど 頭を垂れる稲穂かな」だ。
田んぼの中では、白鷺が農夫のコンバインの後からついて歩いている。
白鷺は私が写真を撮ろうと近づくと一斉に羽ばたき逃げるのに、
農夫は仲間と認識しているかのようだ。
鳥にも意識や知能がある証拠だ。
農夫と私を善人か悪人か、しっかり区別している。
農夫と私を「人間」というカテゴリで意識して、
コンバインや耕運機は「機械」というカテゴリで概念化する知能を持っているようだ。
こんな光景に遭遇するたびに、次の世へ旅立つまでには、森羅万象とのかかわりあいを見極めたいと思っている。
稲穂だけでなく、空も、海も、風も、
鎮国寺の境内ではあわいピンク色の芙蓉の花も、秋の気配を漂わせている。
秋の気配に酔うのも束の間、頭の中も心の中もいつの間にか仕事の世界にシフトしている。「守破離」の離の意味を教えてくださいとのメールが意識に上ってくる。
・・・・・ シュハリに於いて型(テンプレート)に沿って業務を忠実に実行する『守』、改善を加え、新しい型(テンプレート)を創る段階を『破』という所まではわかるのですが、 『離』は何を表わすのかがよく理解できずにおります。 「守・破・離」の『離』の意味を教えてください・・・・・
BPMの三文字が賑わいでから久しいが、環境がめまぐるしく変化し、ますます激しく変化する時に、長い時間かけてビジネスのモデリングを導き出しても、事業環境に適応できなくなっても可笑しくないのでは・・・・・こんなことを想定して開発してきた
NSS、Exfront、シュハリ( http://www.shu-ha-li.net/ )のことが・・・・・
今日も何度か「拙速巧遅に勝る」を発している。何故だろう!私にとってはごく当然のこととして行動してきたのに・・・悔しい思いさえする。時には拙速がすぎて大きく反省することもあるが、その反省は大きな学びでもある、と自分を納得させてきた。完成度は低くてもすぐに行動を起こしていれば、そこでまた新しい展開も生まれ、チャンスの前髪をガッチリ掴むことができる。 「思ったことを発言して行動しなければ、思わなかったことよりも悪い」も持論である。思っても行動してなければ、思っていたのだけどの言い訳になり、折角思ったアイディアを具体化するチャンスを逃がしてしまうからである。 「拙速−良し」、の言い訳(根拠)でもある。
友人から「仕事とは何だと思っていますか?」と問われて、与えられた問題を解決し課題を達成することだ!と応えたら、違うだろう、「仕事とは目標に対して責任を取ることだ!」「責任を取ることの意味が解るか?」・・・と一喝される。目標は「こうありたい」という希望でなく、「必ず到達する」という強い意志だ。そのために考えて行動せよということだ、常識だろう・・・と叱咤・激励される。
「仕事とは責任をとることだ」。心にずっしりと響いたこのことば。これから毎朝・・・・・