NO.147
2006年3月26日
今週は、早、年度末。この一年の早かったこと、あっという間の一年だった。
振り返ると、反省ばかりが次から次へと湧いてくる。 振り返って気づいたことだが、事業活動のいたるところに、先物取引らしきものが潜んでいるぞと・・・、先物取引には無縁で関心も無かったのだが・・・
「受注したつもり」で出費する。
この場合の「・・・つもり」は、立派な先物取引のようだ。
最初は僅かな金額だが、やがては相当額の出費になり取り返しのつかないことに。
「・・・つもり」が確定するまで出費しない。
「・・・つもり」が積もると借金地獄に陥るのは、XXやYYとそっくりではないか・・・・・
社内ベンチャーを、「本社東京、事業所福岡」で立ち上げた頃を思い出すと、 本社東京は、何もかも借り物ばかり、「人」までかりていたような気さえする。
(時には、ただより高いものはない・・・という場合もあったような気がする)
福岡事業所では、 粗大ごみで使えるものを拾って使おう、
譲って貰えるものは遠慮せずに譲ってもらおう、
借りられるものは遠慮せずに借りよう、
買うしかない場合は、買うかリースするか、慎重に検討しよう、
「一円を粗末にすると一円に泣く」や、「生き銭と死に銭」や、 「いつまでもあると思うな親と金」という諺などを、肝に命ぜよう! ・・・・・などなど、 毎朝礼で訓示し、徹底的にケチケチを実践していた・・・
知っているつもり、了解してもらったつもり、解り合っているつもり、・・・・なども、 「・・・つもり、が積もる」と、恐怖だ。
「・・・つもり」を日記しながら、「意識とは・・・」に拘っていた頃に読んだ書籍に「ふりをする能力」について書かれていたことを思い出したので、「・・・ふり」についても書きとめておくことにする。
「意識とはなにか/茂木健一郎/筑摩書房」から引用すると、
「知っているのに知らないふりをする」、
「知らないのに知っているふりをする」、
「気づいているのに気づいていないふりをする」
「嬉しくないのに嬉しいふりをする」
・・・、・・・、・・・、「ふりをする」とは、かなり意図的に自分の行動を偽装する場合に限られると普通は考えられているが、・・・・・・・・実は意図的な場合以外にもあらゆる場面において普遍的に「ふり」が成立していることがわかる、と解説されている。
「・・・つもり」は自分の"こころ"だけだが、
「・・・ふり」は他者に対して偽装するということなのかと・・・意識とは何かを読み返すことにした。